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日本における自然災害の歴史 2

今回のコロナ禍を考える上でも、20世紀前半に発生したスペイン風邪の事例が”参考例”となります。1918年から20年にかけて流行したスペイン風邪は、世界で約4000万人以上もの命を奪ったとされます。日本では、3,4回の感染の波があり、約45万人が亡くなりました。スペイン風邪の時と現在の感染防止策を比較してみると、手洗いを除き、うがいの励行やマスク着用など多くの共通項を見いだせます。今、多くの国が外出禁止や都市封鎖を強制的に実施する中、日本は”要請と自粛”のみで感染防止を防いでいますが、この傾向も、スペイン風邪の頃と変っていません。

その背景として、日本特有の「ゾーニング(区分け)文化」が挙げられます。多くの日本人は、靴は玄関で脱ぎ、コートは入り口近くに掛けておくなど、「内と外」を峻別して生活する習慣があります。こうした個人レベルにおける清潔意識の高さが、感染を抑制している面があるでしょう。

一方で、その意識の高さが、感染者や医療従事者への差別として働く場合もあります。スペイン風邪の頃から続く課題です。「感染=悪」とする異様な雰囲気が強まれば、感染の隠蔽を促し、さらなる感染を助長する恐れもあります。まさに「百害あって一利なし」です。また、世界中で猛威を振るったスペイン風邪ですが、不思議なことに、日本ではその後、人々に忘れ去られています。スペイン風邪によって、日本の風景はさほど変りませんでしたが、収束後の1923年に発生した関東大震災、さらにその後の第二次世界大戦によって、日本の風景は一変しました。そのインパクトがあまりに大きく、スペイン風邪は人々の記憶から消え去ってしまったのです。

ゆえに残念ながら、日本は感染症の教訓を十分に学ぶ事ができませんでした。そのこと自体が、一つの教訓といえます。

 

患者史の役割

現在、私たちが体験している感染症の教訓を、後世へ伝え残すためにも、歴史学の果たす役割は大きいとおもいます。歴史学は「誰から見た歴史なのか」が大切です。

一般に「歴史」と聞くと、政治史や外交史といった、為政者や権力者の歴史を連想しがちですが、それらの記録から抜け落ちてきた「庶民」に光を当てるべきです。

”歴史は細部に宿る”といわれますが、当時の一庶民が何を考え、どのような生活を送っていたかを探求する中で、その時代の普遍的な本質を見いだせる場合があるからです。感染症の場合、単に医療だけの問題ではなく、当時の人々の感情や社会状況も関連します。そのため、感染症の教訓を学ぶには、医療史や疾病史に加えて、患者側から見た「患者史」が重要であると考えます。