想い出の旅 香港・マカオ
香港へは、1986年、1988年、1989年の3回行きました。
第1回目の香港は1986年で,まだ中国へ返還前の頃です。
知ってるようで、知らない香港について
1840年アヘン戦争で清朝がイギリスに敗れたことで、1942年南京条約によりイギリスの植民地となった。
それが続いていたが、1984年12月19日に両国が署名し、英中共同声明が発表されて、
イギリスは1997年7月1日に香港の主権を中華人民共和国に返還した。
返還により、香港は中華人民共和国の特別行政区となった、という流れである。
香港は、世界的な金融都市としても知られています。
上司、上司の知人の娘さんと3人で行きました。上司の息子さんが香港で仕事をしていたので、休みの日に市内の案内をしてくれました。
息子さんのマンションも見に行きましたが、40階建てのマンションで、日本人は2世帯だけ住んでいるとのことでした。
山の中腹にあるので、見晴らしがよくて、広くて、メイドさんの部屋もあって、ビックリしました。
夜は、ホテル日航香港で食事をしました。
香港島から九竜半島へは、フェリーに乗って行き、記憶が定かではないが、裏側の地域に行ったと思う。
ホテル「ザ・ペニンシュラ」に行き、アーケードを見て回ると、シャネルの店があって、シャネルスーツが日本円で25万と値段が付いていて、ビックリしました。
一緒に行った二人は、「これは安い方よ」と言ったので、これまたビックリ。
ペニンシュラホテルのロビーで,アフタヌーンティーを飲んでいると、中2階から、弦楽四重奏の曲が流れてきて、とても優雅な気分になりました。
映画「慕情」で見た景色を現地で見ることができて、とても嬉しかったです。
2回目の香港は1988年で仕事で大勢で行き増した。
前回同様、市内観光、ビクトリア・ピーク等、皆で記念撮影、今見ると懐かしいです。
私も若かったです。飲茶がとてもおいしかったのが1番印象に残っています。
3回目の香港は1989年で、このときはマカオまで行きました。
空港着陸まで時間がかかりました。
上空を旋回
気持ち悪い・・
香港は3回目
おきまりコースの市内観光と、ジャッキーチェンの家周辺や、百万ドルの夜景をみました
やはり、弦楽四重奏で曲が流れてきて、前回同様、優雅な気分になって,「人生って素晴らしい」と満足しました。
翌朝、マカオに出発
マカオは珠江河口をはさんで香港の対岸にある都市ですが、1999年までポルトガルの植民地であったことから、東西文化の融合が色濃く残っていました。
船でマカオに行ったのですが、海の上を船に乗ったような気分でしたが、河口だっと聞き驚きました。
中国大陸の広さを実感しました
市内観光で、聖ポール天主堂、セナド広場、ザ・ベネチア・マカオなどを見て回り、香港との違いがよくわかりました。
コタイ地区には巨大なカジノがあり、「アジアのラスべガス」と呼ばれています。
添乗員さんが、このところ賞金が出ていないので、挑戦すると出るかもといわれ、その気になって、スロットに挑戦しましたが、同じツアー客も誰一人、賞金に当たりませんでした。
みんな残念
今回の香港・マカオの旅も楽しかったです。
香港の富裕層の車のナンバーは8888を好んでいると聞きました
旅をするときは、その土地の歴史を調べて行くと、状況や環境がわかり、観光していても、ただ見るだけではないものを感じることができます
これは、いま、現在だから思うことであって、その当時は、海外旅行に行けることが嬉しいだけの気持ちだったような気がします。
反省することがたくさんあります。