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想い出の旅 中国 北京

1998年に北京へ行きました。

 

姉と一緒で、姉妹での初めての海外旅行です。

 

なぜ北京に行ったかというと「ラスト・エンペラー」という、清朝最後の皇帝

「溥儀」を描いた映画の中で、紫禁城を舞台にしていて、その広大さに驚いて、是非

北京に行こうと、姉を誘いました。

 

皇帝「溥儀」は正式名称は、愛新覚羅溥儀

わずか2歳で清王朝皇帝に即位をした。

清王朝が滅亡後、日本の軍事政権のもと満州国皇帝に即位するが、日本が戦争に負けたので、最後は、中華人民共和国一市民としてその生涯を終えた。

 

 

最初の日は、紫禁城の見学です。

 

紫禁城故宮)は天安門の後方にあって、その広さは、72万平方メートルで、東京ドーム約15個分に相当する広大な宮殿である。

 

映画の中で、皇帝が、自転車に乗って、宮殿の中を走る場所や、紫禁城の中心で、皇帝の即位や、重要な儀礼が実施される大和殿の前の広場の広いこと、ここも映画ででてました。

 

観光では、南の午門から入り北の神武門は出口でした。

南北に通る中軸線によって宮殿が建築されており、左右対称につくられています。

赤い壁に黄の瓦をいただき、柱や梁の表面は文様や彫刻で埋められ、きらびやかである。

数多くの宮殿や楼閣からなる建築群は、壮麗で雄大であった。

紫禁城に入って、感じたのは、過去の日本が中国の影響を多く受けていた歴史があるということの再認識でした。

あまりに広くて、文化的なものがたくさんあり、1日では、みることができないと思いました。

ツアーなので、急いで回って見学をしました。

印象に残ったのは、愛新覚羅家の末裔の方が、書を書いていたことです。

共産党国家になっても、このように、過去の王朝の方が、紫禁城で仕事をしているのがとてもビックリしました。

 

翌日は頤和園にいきました。

万寿山を背に昆明湖が水をたたえ、華麗な楼閣が立ち並ぶ清朝離宮

西太后が舟遊びを楽しんだという逸話があります。

静かに湖を見て、心が洗われるように感じました。

頤和園のあとは、バスで市内観光しました。

 

 

3日目は、万里の長城へ行きました。

バスに乗って行く途中、ガイドさんが過去の皇帝の遺跡の説明をしてくれましたが、国の広大さに圧倒されて、何か質問をすることさえ忘れるほどの、日本人には想像もできないような大きな国なんだということがわかったしだいです。

 

バスで、北京から約90分で着きました。

 

万里の長城は、総延長約21,000㎞にも及び、東は河北省山海関から西は甘粛省嘉峪関に至る大城壁で、中国が統一された秦の始皇帝の時代に、「匈奴」の侵略から領土を守るために建設され、その後、城壁は拡大と延長を繰り返し、明朝の時代に完成したとのことでした。

 

私たちは、ガイドさんの後をついて歩きながら、その長城の長さや、歴史に思いを巡らせました。

ガイドさんから、「日本の上皇陛下、上皇后陛下もここから、長城にのぼりましたよ」と聞いて、みんなで同じ道を歩けることに「よかったね、光栄だね」と話しました。

 

 

ホテルでの食事は、朝食、夕食とも、中華料理で、食べまくりました。

 

北京の印象としては、道の広いこと、国土が広いので、どこにいっても道路の広さが目につきました。

 

紫禁城故宮)と万里の長城は、中国5000年の歴史を感じさせられました。