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万人の幸福のための経済 4

そこで必要となるのが、個人同士の幸福がぶつかり合わずに”調和”するよう、調停する仕組みです。ドイツの哲学者ヘーゲルは、近代国家こそ、その調停役であるべきだと言いました。そして、世界の「究極目的」というのは、個個人の幸福の追求が、社会総体としての「善」と一体になることであると述べています。一人一人が他人の幸福を犠牲にすることなく、自らの幸福を実現していける社会。誰も置き去りにしない「すべての人の最大幸福」こそが、これからの時代の思潮になるのではないでしょうか。

 

異の苦を受ける

そうした社会の実現のためには、ヘーゲルが国家に期待した自由、幸福の”調停役”を、一人一人が担う覚悟と実践が重要であると考えます。具体的には、異なる価値観や生き方を持った人を、自分を大切に思うのと同じくらいに、尊敬し、信頼することではないでしょうか。また、”調停”というと第三者の目線に思えますが、これをさらに当事者の目線で言い換えるならば、「協力」になるのではないでしょうか。異なる価値観や幸福感を持つ人と、いかに協力していけるのか。鍵となるのが、自分も相手も”対等である”ということを認めることです。当たり前のことのように思えますが、そう簡単ではありません。実際に、たとえば国家や組織の間の取り決めでは、自分たちが有利な立場に立てるよう、進めようとするのが常です。協力よりも競争が、前提となっているのが現実なのです。グローバル資本主義のもとで、世界は隅々まで”競争ゲーム”と化し、万全な相互協力を約束する仕組みは、そう多くはありません。さまざまな人が知恵を出し合い、共に考えていかなければならない時代なのです。

人々を結ぶ力となるのは、多くの人が賛同できるような普遍的な理念です。現代は、「私たち」という意識が細分化・希薄化し、自分以外の存在を「異」と捉える傾向が強い時代です。コロナ禍ではその風潮に拍車が掛り、「異」なる人、組織、地域、国を差別し、誹謗する事例が後を絶ちません。しかし、世界のどこかで感染者の動きがわずかでもある限り、感染爆発の可能性は常にある以上、新型コロナは人類が一体となり、協力して立ち向かうべき相手です。他者を「異」と捉えている限りは、この厄災が終息することはないでしょう。コロナ禍で、互いの顔が見えにくいこの時代だからこそ、他者を思いやり、尊重する精神をより一層、深化させながら、「万人の幸福のための経済」を探求し続けることが大事になってきます。