ハレとケの食事は、なぜ、違うの? 餅&酒
ハレとか、ケとかは、どのように区別するのでしょうか?
「文化人類学辞典」に、次のようにあります。
日常的な普通の生活や状況を指すケに対して、あらたまった特別な状態、公的なある
いはめでたい状況を指す言葉をハレという。
ハレという言葉は、ハレ着・ハレの舞台・ハレ姿・ハレの場所のように使います。正月・祭礼・結婚式は、ハレの日です。柳田国男(1875~1962)という人は、日本人の生活についての膨大な資料を収集し整理して、民俗学という独特な学問を大成します。そのなかで、食べ物の素材について、ケの食事は雑穀や野菜など、ハレの食事は餅・飯・菜・焼米・団子・酒などが中心になる、と指摘しています。さらに、「柳田国男の民俗学」には、つぎのような興味のある説明があります。
ハレの食物が粒食ではなく、粉食中心であるのは、一つにはその加工に多くの手間が
かかり、大量には作れず、しかもその保存に日本の風土は適していなかったために、貴重品であったという理由があるが、しかしそれ以上に重要なことは、粉から様々な形を比較的容易に作ることができるということである。
柳田国男は、コムギからコムギ粉を採取するために、人類が長い年月を費やしたことに注目します。そして、普段は食べられない粉食は、ハレの日の食べ物であるとします。めん類は、まさしくハレの日の祝いの膳に出されます。さらに、粉から作られるハレの日の食べ物には、正月の鏡餅、3月節供の菱餅、5月節供の粽・柏餅があります。外国にも、宗教的儀式と結びつく、数多くの象形パンやクリスマスケーキがあります。
餅は、いつからメデタイ日の食べ物になったの?
新年を祝う行事食のなかでも、各地に伝わる雑煮には、ハレの日を祝う日本人の凄まじい執念が感じられます。汁の仕立て方・餅の形・具の種類・食ベ方・風習など、地域により多種多彩です。例えば、関東の切り餅はすまし仕立て、関西の丸餅は味噌仕立てです。餅は、出産・誕生・節供・祭りなど、さまざまな行事に登場します。餅は、奈良期の正倉院文書「但馬国正税帖」天平9年(737)や、平安中期の「和名抄」承平5年(935)にも登場するなど、私たち日本人には、古い食べ物です。
「日本の菓子ーーー祈りと感謝と厄除けと」には、つぎのようにあります。
日本人にとって餅は単なる食料ではなく、神に供えて神と人とが共に食べ、人と人との和を保つ霊的存在そのものであった。したがってその餅を勝手につき、しかもその意味ある餅を粗末にしたということでバチがあたり、家は絶え、その土地は不毛の地となってしまったということである。日本の餅は、信仰と深く関わっており、時代が下がって、「餅菓子」という名を得るが、餅はシトギとともに、まさに「聖なるもの」の代表であった。